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タロットを初めて手にしたとき、私は古代から続く占いの道具なのだと思っていました。
「女教皇」「運命の輪」「死神」「星」「月」。意味ありげな人物や天体が並び、カード全体が一つの秘密の体系に見えます。長い時代を通して、占い師や魔術師が受け継いできたように感じるのも自然でしょう。
現在、私はタロットとオラクルカードを使い、人にも読み方を教えています。カードを開くたび、描かれた象徴が相談者の言葉を引き出す場面を何度も見てきました。
けれども、タロットの歴史をたどると意外な出発点に着きます。
最古級のタロットは、15世紀の北イタリアで遊ばれたカードでした。
では、いつから未来や心を読む占いの道具になったのでしょうか。現存するカード、当時の書物、博物館や研究資料から追ってみます。
タロットは最初から占いに使われていた?結論から解説

タロットは、最初から占い専用のカードとして作られたものではありません。
現存する最古級の記録は15世紀の北イタリアにあり、当時は切り札を加えたカードゲームとして使われていました。
18世紀後半のフランスで古代エジプトや占術との物語が結びつき、19世紀の西洋魔術を経て、1909年のウェイト=スミス版へつながります。
現在のタロットには、約600年の間に加わった複数の層があります。
| 時代 | タロットの主な姿 | 加わったもの |
|---|---|---|
| 15世紀 | 北イタリアのカードゲーム | 4スート、切り札、愚者 |
| 18世紀後半 | フランスの占術・神秘思想 | 古代エジプト説、占い方 |
| 19世紀 | 西洋魔術の象徴体系 | カバラ、占星術、四元素 |
| 1909年 | ウェイト=スミス版 | 小アルカナまで広がる場面絵 |
| 現代 | 占い、内観、対話の道具 | 多様な解釈と新しいデッキ |
この変化を知ると、古いものと新しいものが混ざりながら、現在のタロットが形づくられたことが見えてきます。
最古級のタロットは15世紀の北イタリアに現れた

ニューヨークのメトロポリタン美術館は、タロットに関する最初期の記録を1440〜1450年代とし、ヴェネツィア、ミラノ、フィレンツェ、ウルビーノ周辺に集中していると説明しています。
当時のイタリアには複数の都市国家があり、それぞれの宮廷が競い合っていました。貴族たちは画家や職人に豪華なカードを注文し、社交や遊戯に用いました。
代表的な現存例が、1450年頃のミラノで制作されたヴィスコンティ=スフォルツァ版タロットです。
金地に絵具を重ねたカードには、皇帝、教皇、恋人、戦車、死、星など、現在のタロットにもつながる人物や寓意が描かれています。現存するカードは74枚で、もとの構成は78枚だったと考えられています。
見た目は神秘的です。しかし、メトロポリタン美術館は、これらを明確にトリックテイキング型のゲーム用カードとして紹介しています。
最古級のカードから分かること
- 15世紀半ばにはタロットの基本構成が見られる
- 北イタリアの複数の都市で使われていた
- 宮廷向けの豪華な手描きカードが残っている
- 現存史料では、占いのために作られたとは確認できない
ここで大切なのは、「絵に象徴があること」と「占いに使われたこと」を分けることです。寓意画は、宗教、美徳、身分、運命、死など、当時の人々に共有された世界観を映していました。
15世紀のタロットは宮廷で遊ぶカードゲームだった

現代の基本的なタロットは78枚です。15世紀の現存デッキにも、それにつながる構成が確認できます。
| カード群 | 枚数 | 内容 |
|---|---|---|
| 4つのスート | 56枚 | カップ、ソード、バトン、コイン |
| 切り札 | 21枚 | 寓意的な人物や場面 |
| 愚者 | 1枚 | 特別な働きを持つカード |
| 合計 | 78枚 | 現代の標準構成につながる |
各スートには1〜10の数札と、王、女王、騎士、従者がありました。そこへ通常のスートより強い切り札と、愚者が加わります。
プレイヤーは順番にカードを出し、切り札を使いながら札を取り合います。現在もフランス、イタリア、オーストリアなどには、占いをしないタロットゲームの文化が残っています。
私たちがよく使う「大アルカナ」「小アルカナ」という呼び方には、後世の神秘思想の影響があります。15世紀の遊戯者が、現在と同じ分類や意味でカードを見ていたとは限りません。
絵札に描かれたのは中世ヨーロッパの寓意

占いに使われていなかったなら、なぜ「運命の輪」や「死」のような強い絵が描かれていたのでしょうか。
15世紀のヨーロッパでは、抽象的な考えを人物として描く寓意が広く使われていました。正義、節制、力などの美徳。皇帝や教皇に象徴される社会秩序。運命の輪が示す栄枯盛衰。死が告げる、身分にかかわらず訪れる人生の終わり。
こうした題材は、教会美術、写本、壁画、祝祭の行列などにも現れます。ゲームのカードであっても、当時の宗教観や社会観から離れてはいませんでした。
カードの絵を見て、物語や教訓を感じた人もいたでしょう。ただし、その可能性だけで秘密の占術体系が存在したとは言えません。
現在の名称と15世紀の見え方
| 現在よく使う見方 | 15世紀の背景として考えられるもの |
|---|---|
| 内面の変化を読む象徴 | 社会・宗教・道徳を表す寓意 |
| 22枚の大アルカナ | ゲームの切り札21枚と愚者 |
| 一枚ずつ固定された番号 | 初期カードは番号がなく、地域で順序も異なる |
| 古代から続く秘密の体系 | 現存記録は15世紀北イタリアから始まる |
同じ絵でも、時代によって読み方は変わります。タロットの面白さは、その変化をカードそのものが抱えていることです。
タロットが占いに使われた時期を史料から確認

ここは慎重に考える必要があります。
現在確認されている中世から近世の史料では、タロットは主にゲームとして記録されています。個人がひそかにカードから意味を読んだ可能性まで否定することはできません。記録に残らない実践もあるからです。
それでも、「15世紀から完成されたタロット占術が受け継がれていた」と示す証拠は見つかっていません。
カードを使う占い全体は、タロットだけに限りません。通常のトランプを用いたカード占いも行われていました。その文化の中へ、タロットが取り込まれていったと考えると流れを理解しやすくなります。
| 史料から確認できること | 現時点で確認できないこと |
|---|---|
| 15〜17世紀のタロットゲーム | 15世紀に完成していた占術体系 |
| 18世紀のカード占い | 古代エジプトからの連続した継承 |
| 18世紀後半のタロット占術書 | 中世の秘密結社による保存 |
「最初から占いだった」と断定するにも、「誰も占わなかった」と言い切るにも、史料が足りません。分かっている範囲を示すことが、歴史を扱うときの土台になります。
1781年、タロットに古代エジプトの物語が加わった

タロットのイメージが大きく変わる転機は、18世紀後半のフランスで訪れます。
1781年、フランスの著述家アントワーヌ・クール・ド・ジェブランは『原始世界』第8巻でタロットを取り上げました。彼はカードを古代エジプトの知恵が残された書物と考え、失われた「トートの書」と結びつけました。
この説は魅力的でした。文字の読めない古代の知恵が、絵札に姿を変えて密かに生き残った。まるで物語のようです。
しかし、エジプト起源を示す考古学的な証拠はありません。
さらに、ジェブランがこの説を書いた1781年には、古代エジプトのヒエログリフはまだ解読されていませんでした。ロゼッタ・ストーンが発見されたのは1799年、シャンポリオンが解読を発表したのは1822年です。
彼のエジプト説は、古代エジプト語を読んで確かめた研究成果ではありません。18世紀ヨーロッパに広がっていた古代への憧れと、カードの象徴解釈から生まれた仮説でした。
根拠は確認できなくても、この物語はタロットの歴史を動かします。人々はカードを遊戯札として見るだけでなく、隠された知恵を読む鍵として見るようになりました。
エテイヤがタロット占いを実践できる形にした

ジェブランの説を、実際の占い方へ展開した人物がエテイヤです。本名はジャン=バティスト・アリエットで、エテイヤは姓を逆から読んだ名として知られています。
フランス国立図書館には、エテイヤが1783年に刊行した『タロットと呼ばれるカードで楽しむ方法』の書誌記録とデジタル資料が残っています。
この書物では、カードの正位置・逆位置、占星術的な対応、展開方法などが扱われました。後には占い用に設計された独自のカードも作られます。
ジェブランとエテイヤの違い
| 人物 | 主な役割 | タロットへ加えたもの |
|---|---|---|
| クール・ド・ジェブラン | 起源を論じた著述家 | 古代エジプト、トートの書という物語 |
| エテイヤ | カード占い師・著者 | 実際に占うための意味、配置、手順 |
ジェブランが「タロットは何なのか」という壮大な物語を提示し、エテイヤが「どう使うのか」を形にした。この二つの動きによって、タロットは占術として広がる足場を得ました。
大英博物館には、19世紀に制作された複数のエテイヤ系占術カードが収蔵されています。ゲーム用カードとは異なり、収蔵情報にも明確に「cartomancy(カード占い)」と記載されています。
19世紀、西洋魔術とタロットが結びついた

19世紀になると、タロットには新しい対応関係が加えられます。
フランスの魔術思想家エリファス・レヴィは、22枚の切り札とヘブライ文字22字を結びつけました。さらに、生命の樹、占星術、四元素などとの対応が論じられます。
これらの考えを体系化した組織の一つが、1888年にロンドンで活動を始めた黄金の夜明け団です。
| 結びつけられた体系 | タロットでの例 |
|---|---|
| ヘブライ文字 | 22枚の切り札との対応 |
| カバラ | 生命の樹の小径との対応 |
| 占星術 | 惑星・星座・元素との対応 |
| 錬金術・儀式魔術 | 色、象徴、瞑想、儀式での活用 |
現在、占星術を学ぶ人がタロットのカードに惑星や星座の対応を見つけるのは、この近代西洋魔術の層によるところが大きいのです。
15世紀の宮廷ゲームに、18世紀フランスのエジプト幻想が加わり、19世紀イギリスの魔術結社が複数の象徴体系を重ねる。タロットは時代を越えるたび、別の読み方を受け入れてきました。
1909年、ウェイト=スミス版が物語を読みやすくした

現在、初心者向けとして広く使われているのがウェイト=スミス版です。1909年、アーサー・エドワード・ウェイトの構想をもとに、画家パメラ・コールマン・スミスが78枚を描き、ロンドンのライダー社から刊行されました。
長く「ライダー版」「ライダー=ウェイト版」と呼ばれてきましたが、絵を描いたスミスの名前を含め、ウェイト=スミス版、またはライダー=ウェイト=スミス版と呼ぶ動きが広がっています。
このデッキの大きな特徴は、人物カードや切り札だけでなく、小アルカナの数札にも具体的な場面が描かれたことです。
たとえば「カップの5」には、倒れたカップを見つめる人物がいます。「ソードの8」には、目隠しをされ、剣に囲まれた人物がいます。数字とスートだけの札よりも、感情や状況を物語として受け取りやすくなりました。
マルセイユ版とウェイト=スミス版の見え方
| 比較 | マルセイユ版の数札 | ウェイト=スミス版の数札 |
|---|---|---|
| 主な絵 | スート記号を枚数分配置 | 人物と背景のある場面 |
| 読み方の入口 | 数、スート、配置 | 表情、行動、風景、色彩 |
| 初心者の印象 | 知識から組み立てる要素が多い | 物語を想像しやすい |
私がレッスンでウェイト=スミス系のカードを使うのも、絵を見ながら「この人はどんな気持ちに見えますか」「何が起きていると思いますか」と問いかけられるからです。
カードの意味を暗記する前に、絵から受け取ったことを言葉にする。その入り口をスミスの絵が作ってくれます。
歴史から見えてきた現代のタロットの役割

最初はゲームだったと知ると、タロットの神秘性が薄れると感じる人もいるかもしれません。
私はむしろ、カードを見る目が広がりました。
タロットには、最初から一人の作者が決めた完成形があったわけではありません。遊戯、美術、宗教的寓意、古代への憧れ、占術、西洋魔術、心理的な自己探求。さまざまな時代の人が意味を加え、使い方を変えてきました。
だからこそ、同じカードを前にしても一つの答えだけが出るとは限りません。相談者が語った言葉、カード同士の関係、そのとき置かれている状況から、読み方が動きます。
私がタロットを「未来を決めるもの」より、自分の考えや気持ちを整理する道具として使うことにも、長い歴史の続きがあるように感じます。
カードは、ゲームから占術へ変わりました。そして今も、人と出会うたびに新しい役割を受け取っているのかもしれません。
今回の研究で分かったこと・分からなかったこと

史料を調べても、すべてが一本の線でつながるわけではありませんでした。
- タロットを最初に考案した人物は特定されていない
- 15世紀より前に同じ構成のカードがあったかは確認できない
- 記録に残らない私的な占い方まで否定できない
- 初期の切り札の名称や順序には地域差がある
- 現代のカード対応は流派によって異なる
今回の結論は、「現在確認できる史料の範囲」に基づいています。新しい資料や研究によって細部が変わる可能性は残ります。
タロットの起源と歴史に関するよくある質問

タロットカードの起源は古代エジプトですか?
古代エジプト起源を裏づける考古学的な証拠は確認されていません。この説は、クール・ド・ジェブランが1781年に発表した解釈によって広まりました。現存する最古級のタロット史料は、15世紀の北イタリアにあります。
タロットはいつから占いに使われましたか?
タロットを体系的な占術として説明する明確な資料は18世紀後半に現れます。エテイヤは1783年からタロット占術に関する書物を刊行しました。
最初のタロットは何枚でしたか?
初期には地域差がありますが、1450年頃のヴィスコンティ=スフォルツァ版は、4スート56枚、切り札21枚、愚者1枚の計78枚だったと考えられています。
大アルカナは最初から22枚だったのですか?
現在22枚と数えるグループは、初期には21枚の切り札と別扱いの愚者で構成されていました。「大アルカナ」という分類や神秘的な体系は後世に整えられました。
ウェイト版を描いたのは誰ですか?
画家パメラ・コールマン・スミスです。A・E・ウェイトの構想のもとで78枚を描きました。出版社ライダー社の名を含めてライダー=ウェイト版と呼ばれてきましたが、現在はスミスの名を入れた呼称も使われています。
タロットは時代ごとに意味を重ねてきた|まとめ

- 最古級のタロット史料は15世紀北イタリアにある
- 当初は切り札を使うカードゲームだった
- 古代エジプト起源説は1781年にジェブランが広めた
- エテイヤが18世紀後半に占術として実践できる形を整えた
- 19世紀にはカバラや占星術、西洋魔術との対応が加わった
- 1909年のウェイト=スミス版は、小アルカナにも場面絵を広げた
- 現代のタロットには約600年分の意味が重なっている
タロットは、古代から変わらない一冊の秘密の書として残ってきたわけではありませんでした。
人々が遊び、絵を眺め、物語を重ね、未来を問い、自分の内側を見つめる。そのたびにカードの役割が広がり、現在の姿になりました。
歴史を知った後でいつものカードを開くと、一枚の奥にいくつもの時代が見えてきます。
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- note|Research #003 考察・探索編



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