箒にまたがり、夜空を飛ぶ魔女。
物語やハロウィンでおなじみの姿ですが、魔女と呼ばれた人々が実際に箒で空を飛んだわけではありません。
それでは、なぜ魔女の乗り物として箒が選ばれたのでしょうか。
調査前、私は箒が何らかの儀式に使われていた可能性や、枝や植物を束ねて箒を作る行為そのものがウィッチクラフトと結びついていた可能性を考えていました。
史料をたどると、箒だけを起源とする一つの答えは見つかりませんでした。
見えてきたのは、古くから伝わる夜間飛行、15世紀に形づくられた魔女の集会、女性の日常生活と結びついた家事道具、悪魔学者が記した飛行軟膏など、複数の要素が重なった歴史です。
魔女と箒は複数のイメージが重なって生まれた

現在確認できる資料からは、次のように整理できます。
- 空を飛ぶ女性の伝承は、箒に乗る魔女の絵より古い
- 10世紀頃の記述では、女性たちは動物に乗って夜間を移動するとされた
- 箒に乗る魔女の最古級の図像は、1451年の写本に残る
- 箒や杖は、当時の庶民が日常で使う身近な道具だった
- 魔女が集団で飛び、集会へ向かうという観念が15世紀に広がった
- 飛行軟膏を塗った椅子や箒で移動するという記述もある
- 箒作り自体が魔女特有の儀式だったと示す確かな史料は、今回の調査では確認できなかった
つまり、箒は古くから魔女専用の道具だったというより、夜間飛行の伝承と、女性や庶民の生活を表す道具が結びついた可能性が高いと考えられます。
箒より先にあった「夜に空を移動する女性」の伝承

魔女と箒の関係を調べるには、まず箒のない時代の飛行伝承を見る必要があります。
重要な史料の一つが、修道院長レギノ・フォン・プリュムの教会規律集に収められた、一般に「カノン・エピスコピ」と呼ばれる文章です。成立は906年頃とされています。
そこには、一部の女性たちが異教の女神ディアナに従い、夜中に動物の背に乗って広い土地を移動すると信じている、という内容が記されています。
この段階で乗り物になっているのは動物です。箒はまだ登場しません。
さらに、この文章は夜間飛行を実際の出来事として認めていません。女性たちは悪魔に惑わされ、夢や幻を現実だと信じている、という立場を取っています。
ここから分かるのは、箒に乗る魔女が描かれる何世紀も前から、女性が夜に遠くまで移動するという観念が存在していたことです。同時に、その飛行が肉体を伴う現実なのか、夢や幻なのかという議論も続いていました。
箒に乗る魔女の最古級の絵は1451年

現在、箒に乗る魔女の最古級の図像としてよく挙げられるのが、フランスの詩人マルタン・ル・フランによる『女性の擁護者(Le Champion des dames)』の写本です。
フランス国立図書館が所蔵する1451年の写本、Français 12476の105葉裏には、空を移動する二人の女性が描かれています。
一人は枝を束ねた箒にまたがり、もう一人は白い棒または杖のようなものに乗っています。
この図像は、当時の魔女の乗り物がまだ箒だけに固定されていなかったことも伝えています。実際、後世の文献や図像には、椅子、杖、動物などで移動する魔女も登場します。
歴史家マイケル・D・ベイリーは、この絵の女性たちの服装や乗り物が、社会の上層ではない人々の暮らしを想起させると説明しています。箒も杖も、特別な魔法道具というより、生活の中にある身近な品でした。
15世紀に「魔女の集会へ飛ぶ」という物語が形づくられた

15世紀初頭になると、神学者、異端審問官、世俗の役人たちは、魔女が空を飛ぶという話を盛んに記すようになります。
この時期に強まったのが、魔女たちは一人で魔術を行うだけでなく、大勢で集会へ向かい、悪魔を礼拝するという考えです。後に「魔女のサバト」と呼ばれる観念へつながっていきます。
もし魔女が遠く離れた集会へ集まるなら、そこへ移動する方法も必要になります。飛行は、各地の魔女が大きな集団を作り、社会を脅かしているという物語を成立させる役割を持ちました。
空を飛ぶ魔女の姿は、単なる空想上の移動手段にとどまりません。点在する個人を、秘密の集団として結びつけるイメージでもあったのです。
ただし、当時も全員が魔女の肉体飛行を信じていたわけではありません。『女性の擁護者』を書いたマルタン・ル・フラン自身を含め、飛行の現実性に懐疑的な人々もいました。
なぜ数ある道具の中で「箒」が定番になったのか

箒は誰もが知る日常の道具だった
箒は床や炉辺を掃くための、ごく身近な生活道具です。
見慣れた道具が人を乗せて空を飛ぶという表現には、日常の秩序がひっくり返る分かりやすさがあります。絵を見る人は、何が異常な出来事なのかを一目で理解できます。
長い柄と枝の束という形も、人がまたがる乗り物として描きやすく、図像として記憶されやすかったと考えられます。
ただし、これらは図像の働きから導かれる解釈です。当時の作者が「描きやすいから箒を選んだ」と説明した記録が残っているわけではありません。
箒は女性の家事労働と結びついていた
中世末期から近世のヨーロッパでは、家の管理、食料の加工、育児や看護など、多くの仕事が女性の役割とされていました。箒は、その日常労働を端的に示す道具の一つです。
近年の魔女裁判研究では、仕事の性別分業、近隣との接触、乳製品や食料、治療など失敗や腐敗が起こりやすい仕事を担うことが、女性を疑いの対象にしやすくした可能性が論じられています。
そのため、女性の生活を表す箒が魔女の乗り物になったことは、偶然とは考えにくいでしょう。
ただし「箒を使う女性が魔女と呼ばれた」という単純な話ではありません。箒は、当時の社会が女性、家事、身分、逸脱をどのように見ていたかを映す象徴の一つです。
箒は儀式や飛行軟膏に使われていた?

調調査前、私は箒が何らかの儀式に使われていた可能性を考えていました。
史料をたどると、この仮説に近い記述として「飛行軟膏」が登場します。
飛行軟膏とは?
飛行軟膏は、空飛ぶ軟膏、フライング・オイントメントとも呼ばれます。
中世末期から近世ヨーロッパの魔女伝承や悪魔学文献において、魔女が空を飛ぶため、あるいは飛行したような感覚や幻覚を得るために使用したと語られた伝説的な軟膏です。
身体に塗ったという話のほか、箒、杖、椅子などへ塗って移動したという記述も残っています。
史料に残る箒と飛行軟膏
1486〜1487年頃に刊行された悪魔学書『魔女に与える鉄槌(Malleus Maleficarum)』には、魔女が軟膏を椅子や箒の柄へ塗り、空中を移動するという説明があります。
16世紀後半のトマス・エラストゥスの著作に基づく木版画にも、女性たちが軟膏を塗り、箒に乗って煙突から飛び立つ場面が描かれています。
このような記述や図像から、箒と飛行軟膏が魔女の飛行を説明する物語の中で結びついていたことが分かります。
飛行軟膏には何が使われた?
飛行軟膏には、ベラドンナ、ヒヨス、マンドレイクなどの植物が使われたという説があります。
これらの植物に含まれる成分が知覚や意識へ作用し得ることから、飛行感覚や幻覚の由来を説明する説として論じられてきました。
ただし、飛行軟膏に共通する処方が存在したのか、魔女と呼ばれた人々が実際に使用していたのかは確認できていません。
飛行軟膏は「史料に登場する伝承と仮説」
『魔女に与える鉄槌』は、魔女の存在と悪魔による害を論じ、魔女迫害を支えた側の文献です。
そこに書かれた行為は、魔女自身が残した実践記録とは限りません。当時の悪魔学者が魔女をどのように想像し、説明したのかを伝える史料として読む必要があります。
魔女裁判の供述には、拷問や誘導の影響が疑われるものもあります。植物の作用が確認できても、それだけで箒に乗る魔女像の起源が証明されるわけではありません。
今回の研究では、飛行軟膏を「史料に登場する伝承と仮説」と位置づけます。
魔女たちはウィッチクラフトとして箒を作っていた?

枝や植物を束ねて箒を作る姿は、現在のウィッチクラフトの世界観ともよくなじみます。
現代の魔術やペイガニズムでは、箒やベソムを浄化、境界、儀式空間などと結びつける実践があります。こうした現代の意味も、魔女文化を理解する大切な資料です。
一方、15〜17世紀の魔女像の起源を調べる際には、現代の実践をそのまま過去へ戻して考えることはできません。
今回確認した資料の範囲では、箒を作ること自体が魔女に特有の儀式であり、それが飛行する魔女像の直接の起源になったと示す証拠は見つかりませんでした。
「箒作りとウィッチクラフトの歴史的関係」は、地域や時代を絞って改めて調べる価値のある未解決テーマです。
「知恵のある女性が恐れられ、魔女と呼ばれた」は本当?
私が持っていたもう一つのイメージは、周囲より植物や治療の知恵を持つ人が恐れられ、魔女と呼ばれたのではないか、というものでした。
魔女裁判で告発された人々の中に、治療、出産、家畜、食料などに関わる知識を持つ人がいたことは考えられます。近年の研究も、女性が担った仕事と告発リスクの関係を検討しています。
ただし、告発された女性をすべて治療者や「賢い女性」とみなすことはできません。
近世ヨーロッパ全体では、魔女として裁かれた人の約70〜80%が女性だったという研究があります。一方で、男性の被告が多い地域も存在しました。告発の背景には、性別、仕事、貧困、家族関係、近隣間の争い、宗教、司法制度など、地域ごとに異なる要因が重なっています。
「知識があったから恐れられた」という説明には当てはまる事例があるかもしれません。しかし、魔女迫害全体を一つの理由で説明することは難しい、というのが今回の暫定的な答えです。
Research #001の調査結果

| 区分 | 今回分かったこと |
|---|---|
| 史料で確認できること | 906年頃の文献には、動物に乗る夜間飛行の観念が記されている |
| 史料で確認できること | 1451年の写本に、箒と棒に乗る女性の図像がある |
| 史料で確認できること | 15世紀末の悪魔学書には、椅子や箒へ軟膏を塗る記述がある |
| 有力な解釈 | 夜間飛行、魔女の集会、女性の日常道具が重なり、箒の魔女像が形成された |
| 注意が必要な説 | 飛行軟膏の薬理作用だけで箒の起源を説明する説 |
| 確認できなかったこと | 箒作り自体が魔女特有の儀式だったという証拠 |
魔女が箒に乗るのは、実在した一つの儀式がそのまま絵になったからとは言い切れません。
古い夜間飛行の伝承に、15世紀の悪魔学、魔女の集会という観念、女性の家事労働を表す日用品が重なり、視覚的に強い「箒に乗る魔女」が形づくられていったと考えられます。
最初はただの掃除道具だった箒が、社会の不安や女性へのまなざしを背負い、やがて世界中が知る魔女の象徴になりました。
調査を始める前に持っていた「儀式に使ったのではないか」という予想は、飛行軟膏の文献と一部でつながりました。ただし、その記述を魔女本人の実践として受け取るには大きな注意が必要です。
分からなかったことも残りました。だからこそ、次の問いが生まれます。
魔女の飛行軟膏は、実際には何から作られていたのでしょうか。
箒は現代のウィッチクラフトで、どのように儀式道具になったのでしょうか。
ENrich研究所では、これからも一つの「なぜ?」から、星、神話、魔女文化と現代のつながりをたどっていきます。
参考資料・出典
- Bibliothèque nationale de France
Français 12476, f.105v「Sorcière(s)」 - Michael D. Bailey
Can witches fly? A historian unpacks the medieval invention
Iowa State University Research, 2024 - Heinrich Kramer
Malleus Maleficarum, Part II, Question I, Chapter III


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